遺書、のようなもの。Blog
さなです!
明日から待望の復帰!!??
すでにご予約してくださった方、ありがとうございます??
お会い出来るの本当に楽しみにしてます!
そして、明日出せるかわからないのですが、次の日記ではみなさんに少しご報告があるので、次回の日記はぜひご覧いただけるとうれしいです???♀??
改めて、いつもお会いしてくださって本当にありがとうございます
こうやってお会い出来ることが当たり前の事でないこと、奇跡なようなことであること、それを最近は実感させられることが多くて、そんな今に私は感謝しかないです?
私からしたらみなさんに伝えたいことは伝えるようにしていますが、それでも、いつか、今ある当たり前なしあわせが、当たり前でなくなってしまったときに、その時はきっと、なんでもっと伝えられなかったんだろうって。そう思ってしまう気がするんです。
私って何でもない人間なんで。それはいい意味でも、悪い意味でも。ニュースで連日のように報道される事件の犯人でも、世界を救う英雄でもないですから。
だから私がいなくなったとき、私がこの世界に存在してた証なんて、きっとなくて、私がいなくなっても世界は何も変わらなくて。
だからせめて、ここでは、伝えたいことをしっかり遺して。遺書、のようなものにしたいなぁと。
あ、私死ないですよ笑
遺書、なんて言うと何だか悲しいもののように聞こえてしまうかもしれないですが、それは悲しいものでなく、私が存在していたっていう証なのかなって。
私はこれまでの人生で居場所なんてものはなかったけれど、もし、私がいなくなったとしても、ずっと私の事を忘れないでなんてことは言わないですが、例えば、クレーンゲームを見つけたとき、例えば、ラーメンを食べるとき、例えば、私がおすすめしてた漫画がアニメ化されたとき、例えば、おぱんちゅうさぎのキーホルダーをつけてる人とすれ違ったとき、毎月9日だったり、秋になったりしたとき、私がここに遺した、「さな」っていう存在を、少しだけ思い出してくれたらうれしいです。私の居場所がここと、みなさんの心に永遠に残っていれば。そうしたら、私がいたっていう証にもなるのかなーなんて。
最近少しだけ、語り日記が多いですが、悲しいことっていう風には捉えないでください
私の遺した遺書が伝えたいことはただ、
ーみなさんが大好きです。出会ってくれて本当にありがとうございます。
それさえ残せれば。当たり前が当たり前でなくなったときにも、後悔がないように。